終わりへの鐘

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振り向いても老婦人の顔は見えなかったが、背中の脇からチラッと紫色の花びらが見えた。 紫の花。竜胆、桔梗、スターチス。後は……思い出せない。そういえば今しがた、桔梗をみたような気がする。丸い陶器の花瓶にスラッとした桔梗がこれでもかというくらいに。あの花は、細い器に挿すほうがイケてるのにな。一、二本でも十分存在感がある。トルコキキョウならまたあの花瓶に合うかも……あら……どんな花だっけ? バタバタと人が走っていく。冴子の手をひく女性と同じ服だ。冴子の脳裏にハタと浮かんだ。 思い出した。この人は看護師。昔と違って今のユニフォームは華やかだ。 そうだ、病院だ、ここは。 やっと冴子の中で記憶装置が一致を始める。 そうだ、私今まで人と話をしていた。とっても懐かしい人と。 確か、あっちに。 行きたいのは今歩いている方向とは反対の方向だ。 確かめたいのにしっかりと手を掴まれているから、行くことが出来ない。 「離して」 「後でね、今はまだダメ。お部屋で後見人さんが待ってます」 後見人? 冴子の記憶には後見人というのは文字でしか無い。 ぼんやりと漢字を頭に浮かべている間に、どうやらついたらしい。看護師が、引き戸を開けて冴子を押し出した。 連れていかれた個室には、初老の男が苦い顔をしながらソファに腰掛けていた。     
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