終わりへの鐘

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「感情を司る前頭葉が萎縮しますから喜怒哀楽の欠如や無表情、既に出ている失語や物忘れなどもあります。反復行動や食異常、なんでも口に入れたりしますから注意して下さいね。重度になると、食事の仕方や排泄も分からなくなって寝たきりになります。持って10年、早ければ2年で……」 その後の言葉を看護師は告げない。紙に書いてある文言をボールペンで指すだけだ。 「薬は今まで通りですかね。」 「はい。問題行動を押さえる程度のものしか出ません。まずこの病気に有効なものがありませんから。その辺のお話は改めて主治医が説明します。」 冴子は口に入ったキャンディをボリボリとかみ始めた。甘い塊が喉に刺さりながら食道を降りていく。 その内食べられなくなるということね。いまののうちに沢山食べておかなきゃ。ケーキにクッキー、かりんとう…… 冴子の頭の中には甘いものしか浮かんでこない。 「忘れてはいけないのは、記憶の低下はありますがアルツハイマーや他の認知症に見られるような記憶そのものの欠如は見られないということです。」 「それがよく分からないところです。事実冴子は忘れたとよく言っている。」 忘れているわよ。 今だって貴方の名前が思い出せない。 冴子は頭を男の腕に擦り付けた。     
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