終わりへの鐘

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夫としての責任は果たしてきたつもりだった。家や子供の話もきちんと聞いてきた。決定は全て俊子に任せてはきたが、勝手に何かをする、と言うことはなかった。そういう意味では、進一は俊子を信用してきた。正に戦友だ。 だが夫婦の愛情云々について話をした記憶は無かった。進一は俊子に対して『愛している』と言ったことは一度も無い。それについて俊子が文句を言う事も無かった。 なのに。何故今なんだろうな。 進一は肺に残る息を細く吐きだした。 今際の際に聞かせることはないじゃないか もっと早く聞きたかった せめて、今日 冴子と再会する前に そうしたら 冴子への愛を 改めて確認することも なかったろうに いや、 どちらにしても俺は もう、終わりのようだ 一陣の風がカーテンを大きく揺らす。 体がだるい ベッドに沈み込み、そのまま落ちていくようだ 背中も足もマットレスにしっかり付いているというのになんだか頼りない ああ、遂に来たのか その瞬間が ついさっきまで冴子が口に含んでいた左の中指がじんわりと熱くなる。 待っていてくれ 今お前の元に行く いないはずの、見えないはずの赤ん坊が冴子の代わりに指を握る。 そうか 俺達の間には子供がいたんだな あいつはその事をずっと言わなかった それは、悔しかったからか? それとも 新しい家庭を築いた 俺のためか? 今更だ どっちにしても今俺は行くよ この子と二人でお前の元に 忘れることの出来なかったお前の元に 愛してる お前だけを 「貴方?どうかした?」     
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