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8.
冴子があの日無くしたのは結婚生活だけではなかった。
姑と玄関先で揉み合いになった時、ピンヒールを履いていた彼女はよろめいて、コンクリートの三和土に転倒した。
余程強く打ち付けたらしく、起き上がることさえ出来ない状態の彼女に、姑は罵声を浴びせ続けていた。
進一が帰ってきたのは正にそのタイミングだった。
助け起こしてくれるもの、という期待は見事に裏切られ、彼女はその場に取り残された。
何とか部屋まで戻って着替えようとした瞬間体の中を流れる水にああ、生理が始まったと感じた。
疲労のためか1ヶ月近く遅れていた生理だった。
おかしいと気づいたのは朝。
出血量が多すぎる。
不安に感じた冴子は出勤前に産婦人科を受診した。
『流産ですね』
同情の籠った女医の言葉に冴子は嗚咽を漏らした。
*
それからどうしたんだっけ?
思い出せない。
さっきまで覚えていたように思うのだけれど。
この男に聞けばわかるのだろうか?
どうでもいいか。
でも奇特な人だ。こんなおばあちゃん相手にしなくても良さそうなものなのに。
鏡やガラスの反射で写る自分は誰が見たって若くない。
首にしたって皺がない訳じゃない。
物好きな。
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