終わりへの鐘

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9. 遡ること一時間前。 カーテン越しに差し込む日差しのせいで冴子は居眠りから目覚めた。柔らかいマットレスの上で体を起こしながら周りを見渡す。クリーム色の室内は、これといって特徴もない。何もないのが特徴といえば言えるが。 なんでここにいるんだっけ? この部屋にどうして自分が一人でいるのか、それよりもここはどこなのか。塵ほどの憶えもない冴子は取り敢えず部屋を出てみることにした。 広い廊下だ。あれはなんだろう、簡易ベッド? 明るいクリーム色の壁や天井。木目のクッションフロアに、白衣や色とりどりのユニフォームを着た人々。 まるで囚人服のような寝間着を着た老人達がゆっくり歩いている。車椅子に乗った人もいる。 ああ、病院だ。私は入院するんだった。 ふとエレベーターに目をやると、いつか遠い昔に見たことのある女性が丁度乗り込むところだった。 あれは誰だったっけ? そう。あれは進一の。 私の夫を奪った女だ。 気付いた瞬間に、忘れかけていた記憶が堰を切って流れ込んできた。
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