終わりへの鐘

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10. 「綺麗なおっぱいだ。垂れてもいない」 まだ保たれている記憶をなぞっていた冴子の意識が自分の体に戻ってくる。 寒い。 もう夕暮れだ。空が赤い。最近なかった事なのに今日は珍しく温度を感じる。 気温も下がってきていた。 「で、行くだろう?」 「……奥さんは?」 この男は既婚ではないのか?左手の薬指には肉に食い込んで外すのが面倒臭そうな指輪が鈍く光っている。 「ああ、これか?なあんにも気にしなくていい。あいつは二年前に死んだから。今は独りもんだ。最初に言ったじゃないか………ああ。 忘れているんだな」 寝間着を着せ終えると、男は再び冴子を抱き締め、最後まで一緒にいるからと耳元で囁いた。 「大丈夫だよ。冴子がこの先どんどん病気が酷くなってどんどん忘れていって食べ方さえ忘れてしまっても。寝たきりになっておむつが必要になったとしても。 私が全部やってあげる。死ぬまで面倒見るから。施設になんか入れないからね。 安心して。これからはずっと一緒だ。」 引き戸のドアの下には隙間がある。 バタバタとナース達が走り回っている。 女の喚く声が聞こえてくる。 許してと言っているのか。 置いていかないでと泣いているのか。 はっきりと聞きたいけれど、男が邪魔で身動き出来ない。
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