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男にとって欲情のひとつも湧きそうなそんな場面であるにも関わらず、進一はカミソリの刃で心臓をなでつけられているような、じりじりとした痛がゆさを感じた。この苦痛の時間が一秒でも早く終わらないかと、ただひたすら口を引き結ぶしかなかった。
ナースが部屋を出た後、進一は密かに息を吐きだした。
何が不満だと言うんだ。
ざらつく舌で乾いた唇を舐める。
もしかして俺はまだ、生に執着しているのか?
はっ、今更だ。もう幾ばくもない。
痛みのコントロールも出来ているからきっと死ぬ時も眠るように逝けるはずだ。今だって痛いと思えるところは無い。あるのはなんともいえないじんわりと底に落ちていく感覚だけだ。
「あなた。ちょっと売店に行ってくるわ」
「ああ………。さ……えこ………カーテンを」
カーテンが開けっ放しではこの時間帯の日差しはきつい。
返事がない。どうした?聞こえなかったのか?進一がもう一度声を出そうと息を吸い込んだ瞬間、微かにつむじ風が頬を撫でた。
ツカツカと床をローヒールで鳴らしながら窓辺に向かう影。
いささか乱暴な音を立てながら、俊子自身は無言でカーテンを閉めた。
俊子が出て行った後、進一は深くため息をついた。
カーテンの裾が揺れている。
俊子は窓を全開のまま、カーテンだけを閉めたからだ。
カーテンが、風でもそもそと揺れる。
緩いとはいえ、吹かれる度に、進一の閉じた瞼にチカチカと光が入ってくる。
ーーいつものことだが、あいつはこういうところは気が利かない。
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