猟犬

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「飯、食ってこなかったのか?」 「そーだよ」 メールでは人と会う約束がある、とだけ言っていた。金曜の夜に一時間足らず、飯も食わずそそくさと済ます用事とは一体何だろうか… ナイトプールやクラブ、夜の街で多少はめをはずす程度の交友関係ならばまだいい。けど南はまだあのサイトをやめていない。翔太にはそれが気がかりだった。 欲望を満たすために若いからだを金で買う男。即金欲しさに我が身を躊躇なく売る男。わずか一往復のメールでそんな取引きをしている連中がごろごろいる。 「今までどこに行ってた?」 自分でも不思議に思うくらい、これまでしないよう心掛けていた詮索するような文句が、いとも簡単に戒めをかいくぐりこぼれ出た。 「…松永さんの知らない場所」 じっと見下ろしながら答えるわずかも游がない南のまなざしは嘘を言っているようには見えないが、必要以上にまっすぐ過ぎる。本当のことを言っているようにも見えなかった。 「誰とだ」 「松永さんの、知らない人」 「…」 真面目に答えるつもりはないらしい。簡素に返してくる声にもうこれ以上聞かないで欲しいという拒絶の色を感じ、翔太は問い詰めることができなくなった。 どこへ行ってた? 誰と一緒にいた? 重ね重ね俺は何を聞いてんだ……。 がらにもない、禁煙しようだなんて思い起こしたからだろうか。今まで色濃く自分を形成していたものの至る部分に綻びを感じる。 何一つ知りたい情報を手にできないもどかしさを抑え、「そーかよ」となげやりに視線を反らすと目の前の南の手が枕をぎゅっと握りしめた。 「事情があって…今はまだ詳細は言えないんだ。だけど俺、自分が松永さんにされたら嫌なことはしてないよ。絶対に、命かけて」 命かけて… 言葉通りなら、万が一約束を違えた場合、死ななければならない。 そんなことが許されるわけはないと知りながら、本気を強調するために気安く使われがちな表現のひとつだとわかっている。 命をかける。 かけるものがでかすぎて誰が口にしてもなぜか薄っぺらに聞こえる言葉だ。 そうであるはずなのに南が言うとしゃれにならない気がする。心の深部に暗い静かな森があって、そこが一斉にざわめきだすような不穏な感じ。 とにかく南の口からは一番聞きたくない言葉だった。
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