猟犬

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南がゆっくりからだを倒してきて翔太の首から肩にかけての部分に顔をうずめた。頭を数回左右に動かし額を擦り付け「疲れたぁ…」と、とても頼りない声を出した。 「エレベーターに乗ったり、バスに乗ったり、電車に乗ったり……凄く疲れた」 「つーか、走ってくるからだろ」 一番疲れる原因は。 「違うっ」 南がぴしゃりと否定する。 「お前さ、さっきの電話といい、いちいち耳元ででかい声出すんじゃねーよ」 「……ごめん、だけど本当にそうじゃないから…」 南はもどかしそうに口ごもった。「そーゆう…肉体的に疲れた感じじゃないんだ……バスや電車の中でどれだけ早く早くって念じても全然スピード上がらないでしょ。方向転換したくても逆方向の電車が来るの待たなくちゃいけない。そういうひたすらじっと耐えるしかない時間は時計の針が止まってるみたいで、時間の中に閉じ込められてる感覚になる。そうすると、そうしてる間に辿り着きたい場所がどんどん遠ざかっていくように感じるんだ。松永さんのとこに行こうって決断するまではそうでもなかったのに…行こうって決めて、明確な目的地ができたらそんな風になった」 苦しくて、だから走ってきたんだよ、と言った。 前に進む強いパワーを自分でコントロールする術を持たない。雛沢でも、今も、南はこんな調子だ。 待てないし、自分の中で生まれる強い感情を抑えられない。 きっとものごとにはただちに取り組むことで対処できる性質のものと、一定の時間経過を得て周囲の環境が変化することでしか解決できない類のものがある。 たとえば天候。 嵐の夜、せめて雨雲が過ぎる朝を待ってから出発するという選択肢があったはずだ。タイムリミットに間に合う間に合わないなんていうのは他班の事情。それもキャピトルとは無関係の機体なんだから南が考えることじゃない。研修っていうのはあくまで自分の経験値を上げることが目的で、他人の手助けではない。 たとえば何らかの原因で指揮系統がおかしくなっている班。 どうやっても持ち直しそうにない班を、そういうこともある、と他人事みたいに見ているしかないことが実際はほとんど。 なにより潰れるまで秒読み状態の班相手に恩や迷惑を貸し借りしたって意味がないだろ。積極的に関わるなら毒が一掃された後の新しい班相手にしたらいい。 「犬だって最初は『待て』から覚えんだろ。この機会にお前も慣れろよ」
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