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北海道。
道東。
日本列島の最も東に位置すると同時に最北に位置する故郷では、冬、午後三時に陽が沈み、曇天が多いことも相まって四時には完全な暗闇になる。
一年のほとんどが冬で、一日のほんとんどを夜と感じる。冬でも高い湿気を凍てつく冷気へと変えながら、マイナス十五から二十五度まで気温が下がる内陸の豪雪地帯。
駅もなく、学校は徒歩とバス合わせ一時間半。日用品をどうにか揃えられるちいさなスーパーは車で三十分のところにあった。
生まれ育ち、高校を出て千歳の全寮制専門学校に入るまでの十八年を翔太はこの土地で過ごした。
『一面に広がる荒涼とした風景の、どこまでもつづくような雪道を見ていると白い色に溺れそうになる』
そう言っていたのはきのう東京から移住してきたというフリーランスのカメラマンだった。小学校から戻ると近所に挨拶してまわっている途中だというその男が玄関で父親と談笑していた。明朝、川縁でレンズを覗いていたらカメラがキンキンに冷えていきあっという間に触れなくなってしまった、と。
凍ったカメラを衣類でくるみあたためながら、湯気のようにたちのぼる川霧と、枝にとまり少し翼を広げたままの姿で硬直し息絶えている渡り鳥を見つめ、ここが世界の果てなんじゃないかと思ったらしい。
二人の大人の横を通りすぎる時、「翔太、ちゃんと挨拶しろ」とたしなめられ頭だけ下げた。
築四十年以上、毎年屋根に降り積もる雪の重さで傾いた古い家の階段を二階へと上がる。
「わりーね、礼儀も愛想もなくて」そう、申し訳なさそうに謝る父親の声を背中で聞きながら、世界の果てというより世界から取り残された場所だと思った。
見える範囲にちらほら人家はあるがそのほとんどが無人の空き家になっている。たまにこの男みたいに本土からやってくる人間がいるけれど、寒さに適応できても狂ったように降る雪と折り合えず大半が三年もたず去っていく。
一本の電話を受け、険しい面持ちで父親が家を出ていったのは真っ暗になった六時頃だった。
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