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そこから七時間が経過して、日付をまたいだ深夜一時、翔太は二階の自室からお茶を飲みに台所へ降りた。ちいさな冷蔵庫を開きペットボトルのお茶をコップに注ぐ。
開け放した障子のむこうの部屋で、音だけ消したテレビがついている。その前に正座して、コアラみたいに赤ん坊を抱いている母親は、右手で赤ん坊のちいさな後頭部を支え、左手でやさしく背中を叩いている。自身がゆりかごになったように前後にからだを揺らしながら、か細い声で子守唄を歌っていた。
それを眺めながら冷たいお茶を飲み干して、ペットボトルのキャップを閉めていると歌がとまる。こっちをむいた母親に、「翔くん、お茶、わたしの分もいれてくれる? 喉乾いちゃった」と頼まれた。
棚から新しいコップを出しとぷとぷ注ぎながら「その歌…」と言うと照れたようにはにかんで「うん、お父さんがよく歌ってるやつ。いつの間にか全部覚えちゃった」と答えた。
父親が風呂の中や運転している時に上機嫌で口ずさんでいる、翔太もしょっちゅう耳にする歌だ。
たしか…賽子賭博にあけくれて家族も地位も失い一文無しになった老人の人生を歌っている曲……
生まれて半年足らずの赤ん坊に歌う子守唄にしては渋すぎる選曲だったからなんだかとてもおかしかった。
母親は静かにゆっくりと前かがみになり腕の中のちいさなからだを布団の上に移そうとするが、背中を下ろした瞬間。覚醒した赤ん坊がのけぞり返ってつんざくような声をあげ激しく泣きだした。
内側から爆発するんじゃないかと思えるほど真っ赤な顔をして、見えない水に溺れてるみたいに手足をばたつかせぎゃんぎゃん叫ぶ。
母親がごめんごめんとあたふたしながらもう一度抱き上げたが泣き声のボリュームはどんどんでかくなる一方だった。さらに泣きすぎて咳き込み、げほっと白い液体(多分ミルク)を盛大に吐き戻した。
コップを渡そうとしたが翔太は一歩下がってしまう。
「ごめんね……これじゃ翔くんも眠れないよね」
赤ん坊の汚れた口許や肌着をウェットティッシュでぬぐいながら申し訳なさそうに謝られた。
青白い目の下にくまの張りついたほそい顔。記憶の中の母親は四六時中寝不足でふらふらしている。
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