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彼女の回りに黒い靄が立ち込め始める。目が憎しみに覆い尽くされる様を、僕は呆然と見ているしか出来なかった。 対象者への対応は注意が必要だ。自分の死に直面して、とてもナーバスになっている相手に対して、追い詰めるようなセリフは絶対に言ってはならない。 傷付いた彼等は、心が闇に喰われ(僕達はそれを闇落ちと呼ぶ)悪霊化してしまう恐れがあるからだ。 なのに、僕は彼女に対して自分の苛立ちをぶつけるかのように、ひどい言葉を使ってしまった。 言い訳をさせて貰えるなら、朝から唯一の後輩である城戸くんから異動の話を聞かされた。 長年バディを組んでいたカオさんが、レベル4に陥るほどに追い詰められていたのを知らされて、代わりの相棒が、苦手な宝来さんになってしまった。 最後には対象者である彼女に、まるで人殺しのように罵られ、僕だって傷付いたから。 でも、それは僕自身の感情であって、彼女には関係のない話だ。(まあ、最後のは思いっきりあるけど) 彼女を傷付けていい理由にはならない。 どうしようと焦る僕の腕を誰かが掴んだ。それはもちろん、宝来さんだってのは分かっていたんだけど、僕は物凄く驚いてしまった。ビクリと震える僕をチラリと見て、宝来さんは掴んだ腕を引き自分の背後に僕を隠した。 広く逞しい背中を見ながら僕は、どうしてと呟いていた。宝来さんの行動が、まるで僕を守ろうとしているように感じたから。 「デートはちゃんと出来るように段取りをする。お前の願いを叶えてやる。心配はいらない」 宝来さんの言葉に彼女の目から憎しみが消え、黒い靄も薄らいでいった。
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