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「でも、ありがとうね。一生懸命になってくれるシロちゃんの気持ちが嬉しかったよ」
僕は優しいトネさんの声にブンブンと首を振った。
「上手く伝えられなくてごめんなさい」
「大丈夫。ちゃんと伝わったよ」
その言葉に僕はホッとした。
「・・・ありがとうございます」
「心残りはありませんか?」
宝来さんの落ち着いた声に、トネさんが大丈夫よと返した。視線をベットに縋る家族へと向ける。
「ひ孫にも会わせて貰ったし、みんなに看取って貰ったし、何も思い残すことはないわ」
宝来さんは頷くと、僕を見た。その目に僕は頷く。
「今から現世との絆を断ち切ります」
厳かな声が響いた。彼女が頷くのを確認したあと、宝来さんが鞘から刀を抜いた。
途端に空気がピンと張り詰めた。キラリと抜き身の刀身が、窓から差し込む日差しを反射した。
この世に縛られた魂を切り離す。しがらみを捨て、あの世に旅立つための大切な儀式。
僕はこの瞬間が好きだ。辺りには清浄な空気が流れ、心の中が研ぎ澄まされる。
宝来さんの持つ刀が青白い光を放つ。清廉とした色は彼にとても似合っていた。
隙のない動作で刀身が振り下ろされた。
その瞬間、人の魂が解き放たれ、誰かにとっての存在から、一個人のものになる。
絆が断ち切られ寂しいと思う人もいるかもしれない。心許なく感じる人だっているだろう。
でも、この時の魂が一番綺麗で一番尊いと僕は思うんだ。
「さあ、逝きましょう」
ご案内します。と告げる宝来さんへ、トネさんが頷いた。
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