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凄いなって感心さえ覚えていたのに、いつの間にか、彼女は僕の手を離し、僕の頭の上に生えた耳を愉しげに揉みしだき始めた。
「・・・何してるの?」
「これ本物なんだ。気持ちいい」
両手をもふもふと何度も動かしたあと、僕の背後を覗き込み、膨らんだコートに触れる。
僕はピクリと体を震わせ、彼女から後ずさった。
「し、尻尾には触らないで。に、苦手なんだ」
「あ、ごめんね。犬のコスプレなのかと思ってたんだけど、違うんだね」
僕は憮然とした顔で彼女を睨んだ。
「犬じゃない。僕は熊だよ」
「え?・・・でも、その耳は犬だよね?」
「熊だよ」
「兼松さん」
押し問答を繰り返す僕らに業を煮やした宝来さんが彼女を呼んだ。
「はい」
「今から現世の絆を断ち切る。ーー構わないか?」
「はい」
力強く頷く彼女を見ながら、僕に視線を向けた。僕が頷けば、彼は僅かに眉を上げる。僕はそれに気付かないフリをして、兼松さんへと目をやった。
隣に立つ宝来さんのため息が聞こえた。僕は宝来さんとバディを組んでから、まだ一度も魂の回収をしていない。大きな鎌を借り受けて、やり辛いからと全て押しつけていた。
だって、僕は宝来さんの回収が見たいんだ。ピンと張り詰めた空気も、漂う緊張感も好きだ。
青白く光る刀身も、そして宝来さんも、ため息が出るくらい綺麗で、ずっと見ていたいと思うから。
今だって・・・青白い光が弧を描き刀身が振り下ろされる。彼女の魂が解き放たれ、自由になった瞬間、宝来さんが優しく目を細め笑う。
普段、無表情で何を考えているのか分からない宝来さんのこの瞬間の笑顔を見つけた時、僕は言い知れぬ胸のときめきを感じた。
この笑顔が見たいから、きっと僕は、この先も宝来さんに仕事を押し付け続けるんだと思う。
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