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「ーーシロ!」
誰かが僕を呼んでいた。
「ーーシロ、シロ。目を覚ませ。過去に囚われるな」
悲しくて、胸が張り裂けそうで、あの日僕は僕であることを放棄したんだ。
「シロ!」
「・・・っ」
体を強く揺さぶられて、僕はハッとしたように目を開けた。ガバリと起き上がり、詰めていた息を吐き出す。
「大丈夫か?」
「・・・僕は」
「シロ、俺が分かるか?」
覗き込まれて僕は、目の焦点を宝来さんに合わせた。真剣な眼差しに小さく頷いた。
「宝来さん・・・」
「そうだ。お前は誰だ?」
僕?僕は・・・
「シロ」
「大丈夫そうだな」
宝来さんがホッとしたように笑った。
「えと・・・僕は・・・」
どうしてベッドに寝ていたんだろう?お風呂に入っている宝来さんを待ってたよね?
問い掛ける視線を向ければ宝来さんが答えてくれた。
「俺を待っている間に眠ってたようだな。うなされてたみたいだから、起こしたんだ。嫌な夢でもみたか?」
嫌な夢?・・・見たような気がするけど、何だかぼんやりとして良く分からない。そこにあったはずなのに、何かにすっぽりと覆われて見えなくなってしまったかのように、ひどく曖昧だ。
「・・・たぶん?」
「覚えてないなら無理に思い出す必要はない」
どこかホッとした顔で宝来さんが笑った。
「あ・・・」
「あ?」
「宝来さんが笑った」
僕の言葉に宝来さんが眉をピクリと動かした。
「俺だって笑う」
少し拗ねた声に僕はクスリと笑った。
「うん、そうだね。今日は特に良く笑ってる」
「普段、あんまり笑わないか?」
「うん。こーんな顔してたり、こーんな顔してる」
僕は自分の目元を指で吊り上げて顰めっ面をして見せると、宝来さんは自分の顔を手で摩った。
「俺はいつもそんな顔をしてるのか」
「うん」
「・・・そうか。あまり意識してなかったんだが、気をつけるようにする」
その殊勝な言葉に僕は目を丸くした。少し落ち込んだ様子が意外だった。だって、まさか宝来さんがそんなことを気にするなんて思わなかったから。
意外な宝来さんがおかしくて、嬉しくて僕はクスクスと笑ってしまう。
「おかしいか?」
戸惑いを含んだ声にううんと首を振った。でも僕は笑うのは止められなかったから、宝来さんは複雑な顔をしていたけどね。
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