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「ケンカはダメですよ。さっきのは、ただのスキンシップです。悪気はなかったように思います。恋人があんな風に違う誰かにくっ付いたりするのはイヤだと思いますが、オモチャを愛でる子供みたいなものだから、あまり怒らないであげて下さい」
以前、知られたくないようなことを言っていたから、周りに聞こえないように小さな声で窘めた。
「・・・・・・シロ、あのなーー」
「シロ、宝来」
宝来さんが思案げな顔で、何かを言いかけた。でもその声に被さるように赤松さんが僕たちを呼ぶ。目を向ければ来いと手招きされて、僕は赤松さんの元へと向かった。
「色々、大変だねー」
そんな僕の耳に、辰さんの揶揄うような声が聞こえて来た。後ろを振り返れば辰さんが、宝来さんの肩に手を回し何事かを囁いている。
宝来さんは嫌そうな顔をしてるけど、決して拒んでるようには見えない。
僕はグッと拳を握り締め、仲睦まじい二人から目を背けた。
胸の中に沸き起こる不快感にも似た感情を持て余しながら赤松さんのデスクの前に立つ。
「顔色は良くなったみたいだな」
機嫌は悪いようだがと、付け加えられて気まずさに目を伏せた。
「体調はどうだ?」
僕の態度に突っ込んでは来ない赤松さんにホッとする。
「ご迷惑をお掛けしました。もう大丈夫です」
「そうか。無理はするなよと言ってやりたいが、状況が許さない。手を抜けるところは上手く抜いて頑張ってくれ」
人手不足なのは僕も承知している。だから、赤松さんの精一杯の労いの言葉に頷いた。
「ーー宝来!何をしてる。さっさと来い」
赤松さんが焦れたように宝来さんに向かって怒鳴った。僕はその声に首を竦めながら、近付いてくる宝来さんの気配を探っていた。
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