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僕はチラリと斜め前のデスクに目を向けた。 そこには、白銀に輝く長い髪の男が座っている。僕の体よりふた回りは大きな背中。筋肉の張った肩。そこから伸びる分厚い腕。身長はゆうに190を超えて、男らしい体躯に、色気が迸る切れ上がった目。鼻筋の通った堀の深い顔立ちは圧感すら覚えるほどだ。 夜のお姉さまから、素人娘まで幅広く虜にするさまは伝説にすらなっていた。 宝来雅親。元々は討伐に居て、レベル5に近い怪我を負い回収に異動になった彼は、仕事もデキて顔もいい。所謂イケてる男・・・らしい。 僕は宝来さんが苦手だから、挨拶くらいしかしたことはないんだけど、もしも仲良くなれたなら、城戸くんのように上司に進言してくれたりするのだろうか。 この仕事が嫌いな訳じゃない。忙しくてプライベートなんて全くないけど、元々大事にしたいプライベートすらない僕には関係ない。 ただ、僕は自分の立ち位置が良く分からなくて、今ここで、忙しいけど平和で、平穏な毎日を送っていていいのだろうかと疑問が常に付き纏っているから。 回想に異動になれば、少なくとも誰かの役に立てる。自分の存在意義が少しでも生まれてくれるんじゃないかと思っているんだ。じゃないと僕はまたーーーーしてしまうから。 (・・・え?僕は今、何を思った?) 眉を顰めて、己の頭の中に疑問を投げかけた。さっきまでは、ハッキリとしていた悔恨に近い思いや感情が霧散する。必死に手繰り寄せようとする僕に、能天気な声が掛かった。 「犬の尻尾が百面相をしている。随分と器用な尻尾だな」 僕は瞬きをして思考を振り払う。慌てず騒がず、チラリと目線だけを声の主に向けた。 もちろん、意思の力で賑やかだったらしい尻尾は押さえつけた。 「おはようございます、辰さん。誤解をされているようですが、僕は熊です。従って、百面相をしていると指摘された尻尾は、犬ではなく熊の尻尾です」 て、言うか百面相ってなんだ。 「君も大概、往生際が悪いよねー。素直に間違えを認めれば楽なのに」 「間違いを認めるも何も、僕は熊ですから」 僕はキッパリと言い切った。 『わぁーくまさんだぁ』 脳裏に小さな人の声が響いた。彼が熊だと言った。だから僕は、その日から熊になったんだ。
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