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僕は、とある海辺の観光地へ一人旅に来ていた。
最近、人間関係でいろいろとあり、そんな日々の煩わしさから逃れたかったのだ。
「――港までお願いします」
ところが、最寄りの駅で電車を降り、タクシーを拾った時のことである。
「………………」
後部座席に乗り込んで行き先を告げても、一向にタクシーは発進しないどころかドアも開いたままだ。
「あ、あのお、港まで……」
「……え? ああっ! すみません! こっちの勘違いでした。今、参ります……」
もう一度、訝しげに改めて催促をすると、バックミラーの中の運転手は一瞬、ポカンとした表情を浮かべた後、忙しなく頭を下げて車を発進させる。
何を勘違いしたのか少々気にはなったが、特に追及するほどのものでもなく、その時はそれで終わり、そんな些細な出来事などすぐに忘れ去ってしまったのであるが……。
港で遊覧船に乗ろうとした僕は、またしても不可解な対応をとられることになった。
「あの、もうお一人分のチケットは……」
船の搭乗口でチケットを見せ、いざ乗り込もうとした僕をスタッフがそう言って呼び止めた。
「もう一人分? いや、僕一人ですけど?」
「…? ……あ、すみません! てっきりお二人連れかと。どうぞ、お乗りください!」
当然そう答えると、彼は一瞬、間を置いてから、さっきのタクシー運転手同様、慌ててペコペコと頭を下げる。
どうやら別の客を連れと勘違いしたようであるが、そう納得して周囲を見回してみるに、それらしい者はどこにも見当たらないのだが……。
ま、それでも気にすることなく一人旅を続ける僕に、同じような出来事はさらに続く。
漁港の食堂に入った時も、僕一人なのに水が二つでてくるし、極めつけはホテルをチェックアウトする際のことだ。
「お客さん、一人部屋なのにああいうことされると困るんですけどねえ。そういう場合は二人部屋をとってもらわないと」
「……? なんのことです?」
何を言ってるんだかさっぱりわからず、また怪訝な顔をして尋ねてみると、どうも昨夜、買い物に出た僕は女性と一緒に帰って来て、その人を自分の部屋へ連れ込んだらしい……。
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