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幸人さんなら私のそのセリフをさらに否定してきそうなのに。幸人さんのほうをちらりと見たが依然幸人さんは視線を落としている。そうやって黙ったままでいると本当に別世界の人のようだ。
私はその空気に耐えられなくなり、すこし折れ曲がってしまった原稿用紙を手で伸ばしつつ、万年筆を手に取った。そして紙面を軽く引っかき、文字を書く。
一行、登場人物のセリフを書いたところで私の手は止まった。幸人さんのほうを見るとまだ黒い水面を見ている。やっぱり私は何かまずい事でも言ってしまったのだろうか?ここにきてもう一年になるけどいまだに幸人さんの琴線に触れてしまうものがわからない。
意を決して私は口を開いた。
「幸人さん、先ほど俊さんが逃げるなよとおっしゃっていましたがそれは何のことですか?」
「あぁ、それはだな」
幸人さんが顔を上げてくれたことにほっとしつつ、顔を見つめていると、幸人さんが不意に顔をそらした。
「幸人さん?」
「怒るなよ。小娘」
「怒られるようなことなんですか?内容によります」
私がそういうと幸人さんは少し気まずそうに頬を掻く。
「俺が席を立つ前、メールがあいつから来てだな」
「メール?」
「あぁ」
「幸人さんメールそんなにこまめに見る人なんですか?」
なんだか意外だ。
「いや、そんなことはない。来た時しか見ない」
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