白猫

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 このかなしみに名前を与えるなら、どんな言葉がいいだろう。  すでに「かなしみ」という名前がついているじゃない、と僕の呟きを聞いたサキが言う。ね、ね、そんなことよりお話して。好奇に満ちて、街灯よりも冷たい光を帯びた瞳が、見上げてくる。胸元に顔を寄せ、ぴったりと身体を預ける様は白猫と呼ぶより、恋人のようだった。  僕はサキの毛皮をひと撫でする。外は朝から雨が降っていて、鯨さえも包めるような、巨大な黒雲が空を覆っている。湿気を含んだ空気は部屋にも入りこんでいて、ひどく頭を重たくさせた。  サキ、君が望むような楽しいお話は何一つ紡げないよ。そう言うと、不満げにサキは腕に爪を立ててくる。ぴりりとした痛みに息を詰め、サキの不機嫌を宥めるために仕方なく語りかけた。  たとえば、今。僕は痛みを感じているけれど、これを君に伝えるにはどうしたらいいんだろう。痛いと言って、君に伝わるものがあるのかな。  どうかしら。アタミが言うのなら、やめてあげようかなって気にはなるけれど。全くの他人だったら、知らんぷりしちゃうかもしれないわ。そう言って、サキは僕の腕を解放してくれる。僕はサキの喉元をくすぐった。そうだね。僕とサキに「関係」があるから、痛い、は少しだけ伝わる。  言ってわからないなら殴ればいいのよ。これぐらい痛いの、って。サキは満足げにのどを鳴らしている。  サキ、それは無理なんだよ。人間というものは残酷な生き物だから、自分が負った傷よりも、相手により多くの傷を与えようとしてしまうんだ。そう答えると、サキは、そう、かわいそうに、と言って黙ってしまった。  君も遊びで生き物を殺してしまうのにね、と言おうとして、これが自分の言った相手により多くの傷を与えようとする行為だと気づいて、口をつぐむ。沈黙が部屋に満ちていく。
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