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みかんと談笑しながらバーの様子を確認する。客は数名しかいない。皆ひとりひとりグラスを傾けながら静かに飲んでいる。連れ立っているのは私とみかんだけだ。
「浅見さんはどうしたんでしょうか」
「ああ、彼まだ事件が解けてないみたい。刑事さんに渡された容疑者リストと睨めっこしてたわ」
その口ぶりからすると、彼女は解けたのだろうか。
女性で? と少々疑問に思った。
すると彼女は私の心を読むように、右手の中指と人差し指を重ね合わせて出し、上下に振る動作をした。駒を打つ時の仕草だ。
「昔指したことがあってね。すぐにピンときたわ」
それを聞き納得すると共に、私と同様の考えであったことに安堵した。
将棋だ。
あの容疑者リスト…金谷美紅、田辺銀斗、佐々部香、江角正太郎には皆名前に将棋の駒がある。金将、銀将、香車、角。
将棋の盤上は縦横共に数字で表す。縦列を算用数字で右から、横段を漢数字で上から。よく将棋解説の際『7六歩』とか『2二銀』とか言うだろう。
被害者の太田透子は盤上の最初の位置をあだ名にしていただけだ。3九は銀将、4九は金将、8八は角、1九は香車の最初の定位置である。つまり犯人は8八の角、江角正太郎となる。
「正直簡単すぎて驚きました」
私はグラスを傾けながら呟いた。
「男性は経験者が多いものね。その点女性は解くのが難しいかも。浅見さんは経験ないのかしら」
「タネがわかると簡単なんですけどね」
互いに無意識だろうが、敢えて将棋という単語を出さずに会話をしている。
「でも、最初の暗号の時、アオさんぽかんとしてたから…解けて良かったですね」
私は苦笑した。確かに事件よりも最初の暗号の方が難しかった。
みかんはもう白ワインを飲み干した。彼女は次にキールを頼み、空のグラスを下げていくフロア係の背中を見つめる。
「ああいうの、推理小説ではお決まりだから」
推理小説をほとんど読んだことがない身としては難しかった。二階に行く参加者の群を見、二階の館内図を確認して閃いたのだ。
臼は石、口は北、藻は芽。
『うす』は『いし』
『くち』は『きた』
『も』は『め』
そう。すべて『あいうえお』でひとつずつ、ずらせばいい。
最後にあった『紅』は『べに』で、ひとつずらせば『ブナ』。つまりブナの間だ。仕組みがわかれば確かに、非常に簡単な問題だった。
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