プロローグ

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 はっと我に返り、フロントに足を進める。  先客が多数いて、三列に並びそれぞれのフロント係が対応していた。ラウンジのソファにも何人かが腰を下ろし読書をしたりコーヒーを飲んだりしている。予想より随分と客が多い。まさか全員がツアーの参加者ではないだろう。きっと私は参加者が足りず人数合わせのために招集されたのだと思っているためだ。参加者が大勢いれば私を呼ぶ必要はない。 「次の方、どうぞ」  ラウンジを眺めていた私に真ん中のフロント係の女性が声を掛ける。 「ようこそお越しくださいました。まずは身分証明書を確認いたします」  先にもらっていた注意事項の用紙を読んでいたため、抵抗なく免許証を取り出し渡した。    参加者の用意する物は顔写真付きの身分証明書だけ。他に、携帯電話やパソコン等外部と連絡できるものは持ち込み禁止、もしくはホテルにてツアー終了まで預かるとのことだった。  フロント係は丁寧に免許証の写真と私の顔を見比べている。何やら恥ずかしいが顔を逸らす訳にもいくまい。よくよく見ると化粧は薄く素朴な顔立ちの女性だが、妙に品があると思った。 「ありがとうございました」  たっぷり時間をかけて確認を行い、免許証が返却された。  次に用紙が出された。参加するにあたっての注意事項が書かれている。紙が重ねられているようで何やら厚みがある気がした。フロント係が参加署名と書かれた欄に手の平を向け、説明を加える。 「注意事項をご確認の上、こちらにご署名ください。日本語でお願いいたします」  やはり紙が重なっているようだ。下の用紙は私に渡す控えだろうか。  少々妙な気もしたが、黙って従う。会社の紹介だし、下手にサインをしたからといって詐欺ということもないだろう。  彼女から手渡された黒い万年筆で丁寧に署名した。書くのが終わると、彼女は握り拳程の大きさの白い長方形四方の分厚い紙を机の上に載せた。 「参加時のネームプレートになります」  サインペンを紙の横に置いた。 「お客様のゲーム時のお名前をお考えになってご記入ください。わかりやすくするため、一文字から四文字程度の短いものをお書きください。漢字の場合はフリガナもお忘れなくお願いいたします」  うむ。私は少々考えて下の名前…葵生(あおい)に由来し、子供時代のあだ名でもある『アオ』と記入した。カタカナにしたのはただの気分だ。
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