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八重歯を見せて笑う口元が見えたのが五十六秒。そして残り二秒で画面が上にずれ、君の目元まで見えてそこで止まる。
これが五十八秒、君を映したあの日の思い出。
そんな君はもういない。
もう一度スマホの画面をタップする。
するとまた再生し始めた冒頭シーン。君はまだ気づいていない。
何度も繰り返し見たこの動画を、私は飽きることなく何度だって見る。今はベッドの上で一人膝を抱えて、毛布をケープのように肩からかけて眺めていた。
口からほんのり白い息が吐かれる。ああ、どうやら暖房の自動スイッチで「切」になってしまったみたいだ。ということはもう一時間経ってしまったわけか。
スマホの画面では彼が『もしかして撮ってる?』と言うシーンだった。私はこの後に見せる彼の照れた顔が大好きだ。
彼の大きな手も、笑うと見える八重歯も、私を見て細める大きくない瞳も。大好きだったのに。
「何で死んじゃったの……」
バカ、と言いたかった声は嗚咽で上手く出せなかった。
恋人の拓真が一ヶ月前に死んだ。心筋梗塞という突然死。誰も責めることのできない彼の最期の瞬間はどんなものだったのだろう。
発見したのは彼の母親だった。連絡なしで欠勤した彼の上司が親へ連絡を入れ、近くに住んでいた母親が見に行ったらリビングで倒れていた彼を見つけたらしい。
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