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「そんなんかしこまらんでええねん。今日はお祭りや」
「せやせや、区切り目にかこつけてお客さんらと遊んだろ思うてんねん。ハナちゃんも笑って帰ってや」
ファット先輩もラード先輩も、まさに潤滑油のごとくまろやかな受け答えだ。
しかし、そこでハナの笑顔はぎこちなくこわばった。
「どうしたハナちゃん。まだなんぞ悩んどるん?」
ファット先輩が静かに言って覗き込んだ。
「いえ……」
「ええから、言うてみ?」
ヒロが来てから話そうと思っていたが、優しく問われると黙ってはいられなかった。昨日から緩みがちな涙腺が早くも壊れかかっている。
ハナはぴょこんと頭下げると、そのまま一気に話し続けた。
「先輩。大切なライブ前に、ほんま申し訳ないんですけど、僕もう田舎に帰ろうって思うてます。ハナヒロ解散して、僕も引退して、きっともう会われへんようになると思って、そんで、けじめのご挨拶にきました」
ラード先輩とファット先輩は双子のような仕草で顔を見合わせた。
「そんな……引退までせんでも」
「いえ、僕やっぱりステージには向いてないって思います。おもろい事も言えんし、冷や汗出てきて、足震えて舞台立てません。芸人のくせに舞台が怖くてしゃあないんです。ヒロも僕が相方やったらいつまでも芽が出えへんと思います。ずっと良くしてもろたのに、こないな事になってホンマすみません」
頭を下げたまま、沈黙が流れた。
空気が重くのしかかり、ハナはひたすら自分の靴の先をだけを見つめていた。言ってしまったがゆえに確定事項になってしまった事があらためてショックだった。
「ハナちゃん」
どしどしどし。
ファット先輩の重み溢れる足音が近づいてきて、ハナの肩に手をのせる。
「俺たちかて冷や汗でるで?」
先輩は言った。
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