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「そらな、ハナちゃんほどひどくはないかもしれへんけどな、いつだって舞台は怖いもんや。だから陽気に騒いだり沢山練習したり、バカみたいな話して気をまぎらわせとる。  二十五年たっても変らへん。ちゃんと笑うてくれるかな、ポカッと忘れへんかな。そんなん考えたらもう足がすくむわ」  業界の大ベテランの意外な告白に、ハナは思わず顔を上げた。 「だからな、怖くて当たり前でええんやないかな」  ハナは慈愛に満ちたファット先輩の眼差しに戸惑いを隠せなかった。てっきり呆れられて終わりだと思っていたのだ。 「たまーに緊張せんヤツもおるけど、大概は似たりよったりや。ただ、そう見えへんようにするのが上手くなるだけやな。せやからハナちゃんが特別駄目な訳やないねん」  そこにすかさず、ポッチャリ―からココナツミルクが手渡された。  持たされたハナは、グラスを片手に立ち尽くす。気の利くポッチャリ―は食いしん坊の師匠の要望を熟知しており、言われるまでもなく、二人の先輩の分も用意されていた。しかも愛用の特大ジョッキだ。  ファット先輩は嬉し気にジョッキをあおり、ぷはあ、と口元を拭きつつ、話は続いた。 「前な、舞台の前にカレー食うたら、その日はよーく笑ってもらえてな。それからしばらく縁起かついでライブの前はカレーにしてたんや。  ラーメンもそうや。ネタに煮詰まってたときに、ラーメン食うたらするするとオチが降りてきたんや。マーボー豆腐はお笑い大賞とった日に食うてた昼飯やった。そんな風にな、ゲンの良い食いもんを揃えておかなならんほど、俺たちかてビビりや」 「じゃ先輩、このココナツミルクも?」 「それは単に好物や」 ファット先輩は厳かに言った。
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