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ハナのマンションから駅まではちょっと距離がある。
いつも佐崎の車で送迎してもらっているので、街を歩くのは久しぶりのことだ。車は楽だが、ヒロはこうしてぷらぷら歩くのが好きである。
待ち合わせまでに時間があるのに早々から家を出たのには理由がある。
ヒロはハナにクリスマスプレゼントを用意しようと思っていた。ずっと忙しくてハナに内緒で買いにいく時間がなかったのだ。
買うものは決めている。
二人がコンビで舞台に立つための蝶ネクタイだ。
ハトダンスが一時期のブームであることは、佐崎に言われなくてもよくよく承知していた。多数の一発芸人はジェットコースターのように急上昇し、ブレイクしたかと思うとたちまち忘却という悲しい流れを辿るのがセオリーだ。
でもこのままでは終わらへん。
ヒロは、静かに決意している。
東京に出てきてから沢山の紆余曲折があった。ハナの休業、食い違う事務所との方針、ネタの悪評、冠番組ゼロの危機。
解散ぎりぎりからの起死回生は、決してただの幸運ではなく、どんな小さな仕事もコツコツと大事にこなしてきた結果だと信じている。
オイリー先輩の用意してくれた着ぐるみが絶大な効果を発揮して、念願のブレイクを果たしたが、芸人だったらいつかはちゃんとネタで勝負しなければならない。いつまでも着ぐるみを着続けるわけにはいかないのだ。
ハナがかぶりものなしで舞台に適応できるかはわからないが、ヒロは二人にこだわっている。二人でコンビを組めるならどんな小さな舞台でもいい。
おそろいの蝶ネクタイは、その日のためのものだ。
ハナいつも自信がないから、『大丈夫』と言い続けることがヒロの役目である。お揃いのネクタイはずっと一緒にコンビを組もうという証でもあるのだ。
「おい! おおおい!!」
ブッブー!と遠慮のないクラクションが鳴って、ヒロは我に返った。
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