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「ええっ、売切れ?!」
一方、ヒロはお目当ての店で頓狂な雄叫びを上げていた。
なんと、かねてより狙いをつけていた蝶ネクタイがなくなっていたのだ。
濃い赤地に水玉模様を散らした派手な模様で、ディスプレイとしては面白いが、そんな人目を引く蝶ネクタイなどそうそう買い手がつくものではない。
だからまさか自分以外の購入者がいるなんて思っていなかった。
「申し訳ございません、ちょうど先ほどお買い求めのお客様がいらして」
店員は呆然と立ち尽くすヒロを前に、深々と頭を下げる。
大声のせいだけでなく、店中の視線がヒロに集中していた。今日は浮かれて出てきて伊達メガネ一つかけていないから、この買い物客がヒロである事がさざ波のように周囲に知れ渡っていく。
「あの蝶ネクタイ以外にも多数お品物を取り揃えております。こちらなど如何でしょうか、どれもお似合いかと……」
店員はずらりとネクタイを並べた天鵞絨張りのケースを取り出し、幾つか手に取った。ヒロが狙っていた蝶ネクタイより格段にセンスもよく、スタイリッシュである。しかしヒロは片手でそれを制す。
「別に合わせる必要はないねん。どうせどれも似合うねん」
「仰る通りでございます」
嫌味ではなく圧倒的事実である。
前から見ても横から見ても、ヒロの目鼻立ちは完璧なほどに美しい。世界の写真家・巨匠宮本が見込んだだけのことはあるのだ。
至近距離でその彫像のような憂い顔を拝んだ店員は、なんでこんなにカッコいいのに普段ハトなんかやってるんだろう、と首をひねる。
「あの、では同じものをご注文なさいますか」
「うーん、どうしても今日必要なんや」
「では他店の在庫を確認して参ります。少々お待ちくださいませ」
店員は奥に引っ込んで電話をかけた。
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