いつでもとなり

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 在庫を確認する間も店の真ん中でスラリと立つヒロを覗き見る。  ヒロの恰好はごく平凡なベージュのセーターに黒のスラックス、ネイビーのロングコートである。似たような服装の男性はそこら辺にごろごろしている。  なのに何かが違うのである。  一目で(うわ、さすがモデル)と思わせる存在感がヒロから放たれている。引き締まった広い背中、無造作にポケットに入れた手、俯いた顔の小ささ、首筋の色気、睫毛の長さ、どのパーツも比類なき完成度だ。  何を着ても一流品に見える容姿なのに、よりによっておふざけとしか思えない水玉模様の蝶ネクタイをチョイスする不条理……店員は悩みつつ商品の画像を確認してもらうためタブレットを携えてヒロの前にでる。 「お客様、駅三つ分ほど離れますが本店に御色違いがございました。こちらはシルクの黒地にパステルな水玉、大人の品格と陽気さを兼ね備えた特別な逸品でございます」 「おおっ、こっちもええなあ!」 誰がこんなの身に付けるんだとスタッフが失笑した売れ残りなのだが、独自のセンスを持つヒロはがっつり食いついてきた。店員はさらに押す。 「しかもこちらの水玉は素材にラメを使用しており、光の加減でジュエルのように輝きます」 「きらきらするん? うわあ、ええやん! それで決まりや。今から俺そっちの店に取りに行くわ」  光り物と聞いてヒロの気持ちは一気に舞い上がった。さっそく品物を押さえてもらうと、意気揚々と店を出る。  売切れと聞いたときには宮本の呪いかと思ったが、すぐにこれぞというネクタイが見つかったのは幸運だった。予想外の遠出だが、蝶ネクタイに妥協はできない。離れていてもさすがコンビ、ハナもヒロも今日という日へのモチベーションは限りなく高いのだ。 「ふう……」  電車に揺られながらヒロは今夜の段取りに想いを馳せた。
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