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のっさり……のっさり……
水槽の中で体を動かす亀の傍らでマリアは悶絶していた。沙奈ちゃんが可愛い。可愛い可愛い可愛い。亀カフェには本当に看板猫ならぬ看板亀がおり、オーナーに溺愛されながら店でのんびり暮らしていた。
「この子はアカミミガメでね、キャメちゃんていうの。見て見て。これがうちに来てくれた頃の写真、可愛いでしょ。えー? 昔飼ってたのと同じ品種? 素敵! じゃエサあげてみる? この子の好物はね……」
沙奈ちゃんはオーナーの亀自慢を真面目に聞き、甲羅を触らせてもらって嬉しそうに微笑んでいる。
天使……!
正直、亀はどうでもいい。しかし亀を愛でる沙奈は仕事場での厳しい表情から一転して、和らいだ雰囲気になり、惜しみない笑顔をみせてくれる。こんな笑顔を見られるのなら、亀を撫でるごとに万札を投じて通い詰めたいぐらいだ。
貢ぎたい意欲がムラムラと沸いてきて、マリアはオッサンめいた自分の発想に反省する。
「藍野さま、ありがとうございます」
じゅうぶん亀と戯れた沙奈ちゃんは礼儀正しく御礼を言った。
亀のようにゆっくりした動きのウェイターが注文した紅茶を置きに来る。図体が大きいせいで、ティーカップが杯のように小さく見える。沙奈ちゃんが嬉しそうに亀模様のカップに口をつけると、マリアはそっと呼吸を整えた。
ハードルは一つではない。むしろここからさらに難易度が上がる。
自分は女の子が好きだということ。
それを承知で付き合って欲しいこと。
しかもこう見えて自分は受けなのだということ。
「ふ……」
さすがのマリアも言葉選びに苦慮する。カミングアウトと、告白と、性癖の暴露を同時にしようとしているのだ。どれも極めてデリケートな問題であり、それぞれの段階で玉砕した経験がある。
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