いつでもとなり

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「私、すっごい田舎育ちなんです。  家の周りは見渡す限り林檎畑と山しかねぐて。親は仕事で忙しくって、畑やってるじいちゃんに育でてもらいました。じいちゃんとばっか話してたから訛りさひどくて、揶揄われっから話すの苦手なんです」  うん、知ってる。とマリアは思う。天使みたいな見かけに反したその朴訥な感じがまた好きなのだとも。 「私、小っさい頃がら綺麗なものが好きで、いつも夢中で雑誌やら動画やら見てました。けど、友達には言えねかったし、言ったところで好みも趣味も合わねえのもわがってたし、ずっと息苦しかった。  社会にでたらもうちょっと楽になんのがなって期待してたけど、地元さ就職しても何も変んねし、んだから思い切って都会さ出てきたんです。ごめんなさい、つまんないですよね、こだな話」 「いいのよ、続けて」 促しながらも、マリアは衝撃の渦中で虚ろである。 「でも私、不器用で。丁寧にやると時間さかかるし、教えて欲しくても皆忙しそうで頼めねえし、緊張すっから接客も上手ぐでぎねくて。店長には向いてねえって、何度も言われました。うちの店で向いてねって言われだら、暗に辞めろってことなんです」  確かに恋心効果によるプラス査定を差し引けば、沙奈ちゃんの接客はあまりに稚拙である。特に業界人の多いこの界隈では難しい客が多い。行き届いた店を目指す店長は、もたつく沙奈ちゃんに苛立っていたのだろう。 「私がこだな調子だからじいちゃん心配して、お世話になってる人に食ってもらえって、お店に畑の林檎さ、送ってくれたんです」  沙奈ちゃんはマリアを見上げた。田舎の星空のように澄んだ眼差しだ。マリアは初めて会ったときからその美しさに射抜かれ、今も瞬きもせずに惹きつけられている。
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