いつでもとなり

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*****  さて。  待ち合わせの場所は、ハナのマンション最寄り駅である。  この利用駅の周辺は高層ビルも流行りの店も見当たらないが、駅から住宅地に続く大通りが下町銀座として大いに活気づいていた。  腹ペコで通りに入れば、左右に肉屋、魚屋、八百屋はもちろんのこと、持ち帰りのお惣菜、油がじゅうじゅう弾ける揚げ物までずらっと並んでいる。  さらに個人経営の焼き立てパン屋、洋菓子、和菓子とおやつも充実、ちょっと一休みと思えば喫茶店、一杯飲み屋まであらゆる胃袋のニーズに応えてくれるドリームロードなのだ。  上京後、一人暮らしを支えてくれたこの庶民的な町をハナは愛している。  売れなかった時、心弱くなった時、自炊する気力がないほど疲れた時、その時々にこの商店街で買い物をして日々を繋いだ。だから、各店の商品に思い入れや、お気に入りがあるのだ。  ハナもヒロもこのクリスマスの日を迎えるまで多忙を極め、ろくなものを食べていない。その分、今日は贅沢をしてご馳走を買って帰るつもりだ。  丸いケーキと、熊野精肉店の鶏もも焼きは絶対買わな……  商店街の方から陽気なクリスマスソングが流れてくる。  仕事はともかくプライベートは主に室内のハナとヒロ、実は商店街で二人で買い物をした事はなかった。 「あ、ここのカレーパン美味しいんやで」 「今日のうどんにエビ天買ってのっけてみよか」  こんな風に、夫婦のようにこなれた会話をすることに、ハナは大いなる憧れを抱いている。  一緒に暮らしてはいるが、デートもその先の踏み込んだ関係もない。せめてこんな日ぐらい甘いやりとりをしてみたいのは当然である。  これからの買い物の段取りに思いを巡らせているうちに、気付けば約束の時間を過ぎていた。  
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