いつでもとなり

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「ねえ」「あれ? うそ本物?」 「ハナちゃんじゃない、ハナヒロの」  普段、駅や商店街を利用しても、ハナは特に騒がれた記憶はない。店の人も利用客もそっとしておいてくれる。地元民ならではの思いやりである。  しかし今日は誰もが浮かれるクリスマス、いつもと違う客層がわんさか押し寄せている。 「なんでヒロ車に乗っとるんや……あれ?」  電話を切り、独り言を言って顔を上げた途端、ハナは尋常ならざる雰囲気に気が付いた。  痛いほどの視線である。  それも躊躇なく自分に向かってくる好奇の眼差しだ。ハナはぎょっとしてマフラーを引き上げた。  だが、動いた拍子に肩にかけていたカバンがずり落ち、拾おうと俯いた途端、マフラーの巻きがほどけて垂れ下がった。顔が露わになりワッと歓声が上がる。 「やっぱりハナちゃんだ!」「撮影?」「可愛い!」 「ハナちゃん!」「こっち見て!」  ど、どどどどどどど、どうしよ……  ハナは動揺し、後じさりした。ずいぶん良くなったとはいえ、未だに人の目が怖い。だから佐崎は舞台の仕事は避けてスタジオ収録のみ、しかも少人数の番組を選んでいる。直接人前に出る仕事は着ぐるみ着用か、役者として役柄に入り込んでいる時だけだ。 「ハナちゃん!」「ハナちゃんだ!」「サインして!」  ハトダンスでブレイク中でもあり、人々の興奮は一気に広がった。歓声が更に人を惹きつけ、あっという間に取り囲まれる。心臓がバクバク暴れ出し、足がすくんで動けない。 「あ、あの僕……」 「しゃべったー!!」「本物だ!!」「ハナちゃーん!!」  一声を発しただけでさらに周りは盛り上がった。方々からスマホをかざされ激写される。お祭り騒ぎである。こういった状況は人気稼業の宿命だが、ハナはもはや泣きそうだった。
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