いつでもとなり

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「であえ、であえー!!」  終わりかけだった曲が途切れた途端、良く通る声が周囲を圧倒した。  さすがに長年の路上ライブで鍛えた喉である、マイクなしでも拡声器を使ったような大音量だ。 「そこの者! 無礼でござるー!」  それはトランス状態だった人々の耳に、覚醒のほら貝の音色のように響き渡った。ぎょっとして振り向けば、人だかりの最後尾で、ちびっちゃいペン太が武将のように精一杯胸をそらしている。  またもやテレビで見知った顔の登場に、人々は動揺した。  この『であえー』からはじまる『無礼でござる』は、短い間ではあるが一世を風靡した人気漫才である。あちこちから本物?なんで?と呟きがもれた。そこにギンちゃんがすかさず脇から入る。 「お客様、どうなさいました!」 「このドア、勝手に開きよった。曲者がおる!!」 「自動ドアです。自動ですから勝手に動きます」 「なぬぅ! 鉄の塊が自ら動くわけがなかろう! さてはお前、わしを一国一城の主と知って誘い込んだな? 伊賀か甲賀か」 「あの、無理に入らずとも、お帰り頂いて良いのですが」 「何ッ、帰れ?! それは冷たいであろう」 「あの、じゃあどうすれば」 「入って欲しくば入ってやらんこともない」 「私は特には…」 「無礼でござる!!」  ジタバタ暴れるペン太にワタワタするギンちゃん。  人々の顔が思わずほころぶ。ペン太はすかさず正面に向き直り「皆の者、よく集まってくれた! どうも勝手がわからぬ、儂を助けてくれんか!」と、熱く呼びかけた。踊り疲れた人々は操られたようにペン太の話に耳を傾ける。  さすがやな、ペン太。やっぱりギンちゃんとの掛け合いは最高や…    ヒロはちら見しながら、しみじみと嬉しかった。間合いといい動きといい、さすがに才を認めたペン太だった。不貞腐れていた時とは別人のように輝いている。  見えないスポットライトは完全に位置を変え、視線はハナからペン太に集中した。  観客をいじりながらの漫才は楽しい緊張感を伴い、その場は新たな熱気に包まれる。おそらく観客たちはこの豪華な演出をクリスマスのサプライズイベントだと思っているに違いない。
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