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「ケーキ屋さんどこやったっけ。ハナの好きなとこ」
「そこの赤い看板や。おばちゃん一人でやっとって品数は多くないんやけど、ぜーんぶ手作りで、どれもめっちゃ美味しいんや。特にここのショートケーキな、クリームがふわっふわで、その上にすっごくでっかい苺が乗ってて最高なん! 僕、この日のために一か月ケーキ断ちしてん。白いクリームに真っ赤な苺、夢にみるぐらいや」
甘党のハナはケーキの事となるとトークが熱い。ヒロは微笑まし気に頷き、太っ腹なところを見せた。
「よし、そんなら一番大きいのにしよ! 他にもハナが好きなのあったら何でも買うたらええ」
「でもそんな食べられへん……」
「遠慮はいらん。ハナ、今日めっちゃ頑張ったんやからお祝いや。任しとき」
なでなで。ヒロに優しく頭を撫でられ、ハナは夢心地だった。
そんなスイーツばりの甘い会話を楽しみつつ、ヒロが先頭を切って店に入る。
しかし、足を踏み入れた瞬間、違和感に二人はたじろいだ。店内はもう誰もいない。ショーケースも空である。そして店主の表情もアレ?という疑問形である。ハナは渦巻くような不安に襲われた。
しかし任せろと言った手前、ヒロは元気いっぱい注文する。
「あの、クリスマスのケーキ下さい。おっきいやつ! 丸いんでも、枝のでも」
「予約票はお持ちですか」
「よ や く」
ヒロは生まれて初めてその言葉を聞きました、という顔で反芻した。隣りのハナは思わず目を閉じた。不安的中である。
「はい。本日は予約のみとなっておりまして、クリスマスケーキは完売しております」
「あの……じゃ、クリスマスのやなくてもええんで、他のケーキ……」
「本日はクリスマスケーキのみの販売なんです」
「完売……それは完全にないということ……売り尽くすこと……売れ切れること……」
ヒロは広辞苑と化し、日本語の意味を噛みしめた。
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