いつでもとなり

146/176
前へ
/609ページ
次へ
「ケーキ屋さんどこやったっけ。ハナの好きなとこ」 「そこの赤い看板や。おばちゃん一人でやっとって品数は多くないんやけど、ぜーんぶ手作りで、どれもめっちゃ美味しいんや。特にここのショートケーキな、クリームがふわっふわで、その上にすっごくでっかい苺が乗ってて最高なん! 僕、この日のために一か月ケーキ断ちしてん。白いクリームに真っ赤な苺、夢にみるぐらいや」 甘党のハナはケーキの事となるとトークが熱い。ヒロは微笑まし気に頷き、太っ腹なところを見せた。 「よし、そんなら一番大きいのにしよ! 他にもハナが好きなのあったら何でも買うたらええ」 「でもそんな食べられへん……」 「遠慮はいらん。ハナ、今日めっちゃ頑張ったんやからお祝いや。任しとき」  なでなで。ヒロに優しく頭を撫でられ、ハナは夢心地だった。  そんなスイーツばりの甘い会話を楽しみつつ、ヒロが先頭を切って店に入る。  しかし、足を踏み入れた瞬間、違和感に二人はたじろいだ。店内はもう誰もいない。ショーケースも空である。そして店主の表情もアレ?という疑問形である。ハナは渦巻くような不安に襲われた。  しかし任せろと言った手前、ヒロは元気いっぱい注文する。 「あの、クリスマスのケーキ下さい。おっきいやつ! 丸いんでも、枝のでも」 「予約票はお持ちですか」 「よ や く」  ヒロは生まれて初めてその言葉を聞きました、という顔で反芻した。隣りのハナは思わず目を閉じた。不安的中である。 「はい。本日は予約のみとなっておりまして、クリスマスケーキは完売しております」 「あの……じゃ、クリスマスのやなくてもええんで、他のケーキ……」 「本日はクリスマスケーキのみの販売なんです」 「完売……それは完全にないということ……売り尽くすこと……売れ切れること……」 ヒロは広辞苑と化し、日本語の意味を噛みしめた。
/609ページ

最初のコメントを投稿しよう!

410人が本棚に入れています
本棚に追加