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特訓がはじまった。連日連夜、仕事を終えてからのネタ合わせである。
ヒロが陽気に話し始める。
「いよいよ春めいてあったかくなってまいりましたなあ。三月といえばひな祭り。あの人たち七段飾りの大所帯やけど、普段押し入れの中でなにしとるんやろ。三人官女なんて娘盛りやのに暇やないのか」
このヒロの台詞に対し、ハナは「噂やけど、姐さんたち毎晩飲み会らしいわ」と冷静に返す。
「いまどき飲みはNGやろ」「リモートらしいわ。Zoom使いこなしてるらしいで」「そこまでイマドキかい!」
それだけのやりとりなのだが、素の姿だと言葉がうまく出てこない。
「う……うわさや……っけど、ねっ、ねえ、姐さん、たち、のっの、のみか」
何度やり直してもつっかえて進まない。本番も近づき、さすがのヒロも頭を抱えた。ハナが項垂れる。
「あかん……ごめんなヒロ。ハトの呪いやろか……」
「ぐるっぽーの時は何でも噛まずに言えるのになあ。……ちょっとええか」
試しにヒロはハナにハトの着ぐるみをガボッと被せた。もはや条件反射でハナにハトモードのスイッチが入る。
「知っとるっ? ここだけの噂やけど姐さんたち毎晩飲み会らしいでー?」
その瞬間からすらっすら。見違えるような滑舌だ。この着ぐるみには魔法でもかかっているのだろうか。それに準ずるものであれば代用がきくのだろうか。ハナは申し訳なさそうに弁解した。
「たぶんな、これフワフワやろ。癒しの羽毛布団に包まれてるような安心感があるんや。それでリラックスできるのかもしれん」
「そうは言うても布団着て舞台に上がる訳にはいかん……せや!寝ながら会話するってどうやろ?」
「斬新やけど舞台は立つもんで寝るもんやない。だったら羽つながりでダウンジャケット試してみよか? 羽が中に入ってるか外に出てるの違いやし」
「うーん、あったかくなってきた言うてんのに、室内で防寒着は不自然やろ。俺はディティールにもこだわる派なんや……」
ヒロは苦悩のあまり頭を掻きむしった。見ていられずハナが提案する。
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