4月

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   一抱えもあるような見事な大木だった。  風が吹くたびに白い花びらが落ちてくる。夢のような美しさにハナとヒロが見惚れていると、事務所のスタッフがわらわらと出てきた。みんなでビニールシートを地面に引き、おにぎりや唐揚げを並べる。オイリーの事務所では恒例らしく、すでにそこかしこで笑い声が上がっている。  「乾杯」「乾杯」  グラスを鳴らすようにビール缶の縁を交わした。  冷えたビールの炭酸が口の中で弾ける。お握りを頬張り、唐揚げにかぶりついて、ビールを一気に流しこんだ。まだ酔っていないのに、なんだか幸せな気持ちが湧き上がってきて、自然と顔がほころんだ。  頭上では桜の花が優しく揺れている。折り重なる花びらで空が見えないぐらいだ。花見だけじゃない。春を味わうのも、こんなにちゃんと桜を見たのも初めてかもしれない。 「綺麗やろう」 ラード先輩がもぐもぐと団子を咥えながら言った。 「はい」 「思いついたらな、気軽にやってみたらええねん。そう思ったらすぐにできることいっぱいあるねん。いつか、とか今度、とか、ちゃんとやらな、とか、先延ばしにしたら勿体ないで」 「はい」 素直に頷く二人に、ファット先輩は団子をくれた。ピンクと緑と白の三色団子だ。その団子のようにまんまるの笑顔でファット先輩も言った。 「大人になったらな、自分で自分を機嫌良うさせてやらな。ヒロもハナちゃんも楽しいこと沢山みつけてな。みんな笑ってる二人が好きなんやで」 その時、どこからともなく、ぐるっぽー!とハトの鳴き声が響いた。 それは頑張る二人を応援し続けてきた陰の立役者からのエールだった。
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