5月

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5月

 爽やかな風がふいている。  長い旅を終えて、ハナは溜りに溜まった洗濯を、ヒロも掃除機をかけながら窓の外の新緑に目を細めた。   「子供の日も終わったなあ……」  やり遂げた今となっては寂しい気持ちもあるが、このGWは実に過酷なスケジュールだった。  ハナヒロは子供に日にかこつけて全国津々浦々のイベントに参加した。子供たちは二人をハトのお兄さんと認識しているため、受けを狙うにはひたすらポッポーで踊る事を要求される。  子供たちは本物のハナヒロを目前にして興奮し『わあああハトちゃんだああ』で突進してくるだけでなく、頭突きをかましたりケリを入れたり容赦なかった。ちびっこの過度な愛情表現に加え、踊れば鳴りやまないアンコールで倍の体力を消費する。  しかも佐崎は限界までスケジュールに詰め込んだ。  というのも、そこには佐崎100年の計があったのである。 「ヒロ、ハナ。子供たちは宝だよ。いいかい、まだ余計な笑いが入っていないピュアな頭脳にハトダンスを刷り込むんだ。ヒヨコだって初めて目にしたものに懐く。彼らは生涯『ハトって楽しい』と思う事になる」 「生涯は無理ちゃう?」 「安心して。あんなデカいハトが目の前で踊るなんてトラウマレベルの衝撃さ。時が流れて今の子供たちが社会に出る頃、事務所のみんなで頑張って意図的にハトの映像を世に流す。すると彼らは条件反射でハナヒロを思い出すはずだ。そしたら懐かしのお笑いで再ブレークさ」 「でもな佐崎さん、その頃呼ばれても俺たち踊れるかどうか」 「着ぐるみの中でどんなに息切れしてようがわかりっこない、好きなだけ喘いでいいよ!」 「いや命……」 佐崎は切実な訴えをスルーして、うっとりと両手をすり合わせた。 「過去の映像がバンバン流れれば、今度はその時代の子供たちに伝説のバトンはひきつがれていく……子々孫々にハトダンスを浸透させるんだ。どうだい? 長く稼げるよ! 年金だけじゃ心配だし、今から一丸となって儲ける仕組みを作ろう!」 「佐崎さんギラギラしとる」 「銭に目のくらんだ悪徳商人のようや……」 しかし佐崎は本気だった。
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