8月

1/3

411人が本棚に入れています
本棚に追加
/609ページ

8月

8月某日。 「あー、疲れた! 芳野おかえり、ただいまー」 「大地もおかえり。俺も今帰ったところだ。ただいま」  光浦大地は、同居の芳野凛に挨拶を交わすと、ネクタイを緩めて放り投げた。そのままどっちりとソファーに沈む。今日の疲れは特別だ。何しろこんなド田舎に芸能人の集団がやってきたのである。 『突然ですが、こちらは星空がきれいだと評判の街ですよね。 実は写真家の宮本大河が宇宙をテーマにそちらで写真を撮りたいと申しております。星が最高に美しく見える撮影スポットをご案内頂けないでしょうか。宮本の撮影はハードですので、できれば体力のある方で』  佐崎と名乗る男から役場にかかってきた一本の電話。  写真界の巨匠・宮本大河が動くとあって、町は大騒ぎとなった。宮本の写真が世に出れば、広告効果は計り知れない。役場随一の体力の持ち主という事で、大地は案内人に抜擢されたのである。それが苦労のはじまりだった。 「ふーむ! 見事な大自然! 空気が美味い!」  貸し切りバスから宮本が駆け降りてくる。横長の顔にしょぼい頭髪、ウーパールーパーがいきなり人類に進化したような風貌だ。  このオッサンが世界のミヤモト?と疑念を抱いたのも束の間、宮本の背後からぞろぞろと想定外の人数が降りて来た。  ヒロとハナ、ポージング指導と銘打ってタレントの藍野マリアにその付き添いの女性、ハナヒロのマネージャーの佐崎に妻のぽんちゃんと子供二人。さらに宮本の事務所のスタッフ一団。こんな大集団とは聞いていない。呆然としていると、宮本は求められてもいないのに大地に握手をしてきた。 「ありがとう、君。今日はこの町のすべてを俺のカメラにおさめようと思っている。まずは魚釣りだ!」 「はい?」 耳を疑った。 「それからひまわり畑の巨大迷路と蝉取りに行く。早く! 一日なんてすぐに終わってしまうぞ」 「は、はい!」  そこからは嵐のように目まぐるしかった。何しろ大人数である。移動のたびに大騒ぎで、今も耳鳴りがするぐらいだ。 「……にしてもあのおっさん、なんつーパワフルさ……」
/609ページ

最初のコメントを投稿しよう!

411人が本棚に入れています
本棚に追加