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ハナが飲み物を取りにいっても、ヒロはその場で呪文のように台詞を繰り返していた。宮本の撮影の時にはまったく感じられない真剣な姿勢である。
「このおにぎりうまっ…ちが、ほんまにうまッ、まっ、うまい」
「……おう」
ぽん。
鋼の分厚い手がヒロの肩にのせられていた。ヒロはヤクザに刃物を突き付けられたかのように硬直した。実際、眉間に皺をよせた鋼の形相は凶悪犯もびびるような凄みが漂っている。
「あんたがハナちゃんの相方のヒロ君か」
「はっ、はい!」
「休憩は休むもんだぜ」
スッ。鋼はスーツのポケットに手を入れた。
撃たれる!と反射的に身をすくめたヒロだったが、そこから出てきたのはハトのサブレだった。I LOVE ハトサブレ。鋼は常にマイサブレを携帯している。ヒロの目が宝物を見つけた三歳児のように輝いた。
「ああっ、ハトちゃんのサブレ!俺の大好物や!!」
ヒロはおそるおそるサブレを受け取ると、さっそくハトの頭に食らいついた。サクサクの歯ざわり、優しい甘さ。いくらでも食べられる美味しさである。
ヒロは、んー!と天井を仰いだ。
「ああーうまい! やっぱこれやあ! ほんまめっちゃうまい!」
「それだぜ、ヒロ君」
鋼はニヒルに微笑んだ。
「握り飯を食ったときも今の感じで言えばいいんだ。台詞はまず気持ちを入れねえとよ」
「あ……!」
「大丈夫だ。うめえ、って言ったらあとはもう俺たちにまかせとけ」
「鋼さん、好き……!!」
ヒロが鋼に男惚れした瞬間だった。鋼はもう一度励ますように肩にポンと叩くと、飲み物を持ってきたハナの方に行った。
(あの人は男の中の男や……!)そのカッコよい背中にヒロは痺れるばかりである。ちなみにその男らしい鋼は別人のようにデレデレの笑顔でハナと話していた。真実は一つ。作者だけが知る鋼の心の呟きをここに記す。
(バーロー! オレの可愛いハナちゃんと二人きりで内緒の練習なんかさせてたまっか!相方か何だか知らねえが、撮影現場で会えるこの貴重な時間をお前にくれてやるわけにはいかねえのよ!)
ドラマ『ねこたん☆紅葉の谷の失踪事件、天知る地知る猫が知る!美人猫たまちゃんは三度鳴く、そのニャーはミルクかカリカリか』は、見事視聴率20%を超え、大いに人気シリーズとしての面目を果たしたのであった。
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