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3.
眠っているのか、起きているのか。
霧の中で漂うような曖昧な感覚の中、寝返りを打つ。
あったかい布団は気持ちよくて、このままずっと彷徨っていたい気がしたけど、目を閉じていても鋭いまぶしさを感じて、ハナは起き上った。
時計の示す時刻に思わずうなる。
「うわー……もう昼や」
昨夜は布団に入ってからもヒロと会話が止まず、くだらないことを言いあっているうちにいつの間にか寝てしまった。健やか極まりない眠りである。寝る前に不安で息苦しくなることも、夜中に目覚めることもなく、深々と眠ったらしい。
「いつ目覚まし鳴ったんやろ」
ONにしておいたはずの目覚ましのスイッチはオフになっていた。
一方、ヒロが使っていた隣の客布団はちゃんと片付けられて、部屋の隅に寄せられている。
映画の撮影が終わってまたヒマになったハナと違い、ヒロは目覚ましを止めて、そのまま仕事に出たらしい。
目をこすりながら布団から這い出し、ぼんやりと昨日のままの茶の間を眺めた。マグカップは置きっぱなし、定位置からほど遠く散らばったクッション。
卓袱台にはヒロが書きなぐったネタ帳が広げたままになっている。
ハナは、お笑いが好きなのは断然ヒロの方だと思っている。
高校の文化祭の時、強引に組まされた時はどうなるかと思ったが、毎日欠かさずお笑いの動画見ていたヒロは滅茶苦茶乗り気だった。
大丈夫や、俺にまかせとき!
とりあえずボケとツッコミじゃんけんで決めようや!
クールな二枚目のイメージだったから、ヒロは同じ仕事をしていても近寄り難かった。それがまさにイメージだけの産物だと思い知らされた瞬間である。
そこからヒロはまくしたてるようにお笑い愛を語りまくった。
芸人ときたらベテランから新人までくまなくチェックし、コントも漫談も過去作から最新まで網羅。その深すぎる愛が伝わるのか、デビュー後も、芸が足りない割には、先輩たちに可愛がってもらえた。
昨夜もヒロは新作をひねっており、時に実演も交えて「タイミング重要やな!」「いや待てここでボケや!」などと遅くまで頑張っていたのだ。
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