第1章

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電話を受けた苗村先生が要件を聞いて受話器を置く。 最初に放った「高嶺さん」の言葉が僕の心臓をバクバクと跳ねさせた。 「今日の美紅ちゃんのお迎えお母様が来られるそうです」 一瞬、会議を始める園長先生の声が遠くで聞こえた気がした。 奥様が美紅ちゃんを迎えに来るって!? きた、きたきたきたーーー! 僕の妄想が現実になる日が来たんだ。高嶺さんが愛して止まない奥様が迎えにくる。 バクバクと心臓が鳴り、ドクンドクンと耳の奥に心臓があるみたいに脈を打つ。園長先生の声が小鳥のさえずりのように軽やかに聞こえて何にどうしたらいいのか緊張がドクドクと増してくる。 「江森先生!聞いてますか?大事なお子さんを預かってるんです!細心の注意をしてください!」 学生時代から相変わらず上の空な時に注意される僕は成長なんてしていない。妄想癖も相変わらずで、我に返って俯いた。 その日一日中ソワソワとドキドキで上の空な僕は何度も園長先生に叱られた。 時計ばかり見る僕に、何か予定があるのかと気を回してくれた苗村先生が心配してくれる。相変わらずな僕の職場環境は最高なんだと気が付いた。 ああ、どんな奥様だろう。可愛い系なんだろうか、それともキャリアウーマンっぽい人なのかな。ドキドキが溜息に変わり一日中苗村先生は心配してくれていた。 高嶺さんが迎えに来る時間ばかり気にしてた僕は園長先生の声で覚醒する。 「江森先生!高嶺さんがお迎えに来られてますよ!美紅ちゃんのお帰りの準備をしてください!」 お、奥様が来てらっしゃる! 時計の針は十九時を回ったところ。 あ、あ、そっか。奥様は高嶺さんとは違う時間に来て当たり前なんだよ。心の準備が出来ていない僕の心臓はうるさく鳴り始めた。 マッハな勢いで美紅ちゃんの帰り支度を済ませると、いつもと同じよう手を繋いで玄関へと向かう。 その角を曲がれば二メートルちょっとの壁際で大きく深呼吸をした。その手を離した美紅ちゃんが走り出す。 「ママー!」 可愛い声で母親を呼ぶ。辿々しい足取りで角を曲がった。 玄関にはスレンダーな髪をゆるふわにまとめた綺麗な女性が立っていた。足元には嬉しそうに美紅ちゃんがしがみついたまま、綺麗な笑みを浮かべて会釈をされた。
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