山中の案内板

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山中の案内板

 山の中を走っていると、道の脇にいくつも案内標識を見ることができる。  目的地の名称とそこまでの距離が書かれているのだが、そのほとんどが何kmも先を示すものばかりだ。  どこぞの施設はここから八km。自然遺跡は六km。街中ではありえない遠方からの案内表示だ。  その一つが運転中の俺の目を奪った。  古ぼけた木の板にデカデカと赤色の文字が書かれている。  辛うじて十九km先という部分は確認できたが、後はさっぱりだ。  おそらく、目立たせようと赤ペンキで文字を書いたが、雨風で滲み、ただの読み辛い看板になってしまったに違いない。  こんな山の中だから、管理者も気づかずそのままにしてしまっているのだろうと、深くは考えずその場を離れた。  それからしばらく走ったのだが、ふと、さっきの看板のことを思い出した。  あそこから十九kmならそろそろだ。しかし見る限り、施設や遺跡のような物がある気配はない。  案内板でも立てなければうっかり見逃すような、小さな何かがあるのだろうか。  少し気になり、俺は徐行レベルまで車の速度を落とした。その瞬間、目の前の道路が真っ赤に染まり、俺は慌ててブレーキを踏んだ。  少しスリップしたが元々かなりの低速だったので、車は一mも進まずその場に止まった。  道路を赤く染めているのは何なのか。気になって車外へ出てみたが道路にも付近にも異常は何一つない。ただ、スリップしたせいで車が若干道路からはみ出したのだが、そこには見上げる程の巨木があり、幹には古いものから新しいものまで、たくさんの傷があるのが窺えた。  速度を落としてなかったらこの木に思い切り衝突していた可能性が高い。看板の内容を気にしてよかった。  そんなことを思いながら巨木の幹を見た俺の目に、一瞬、『死亡事故現場。ただし。本日の死亡者ゼロ』という文字が映り、すぐに消えた。  …今、心底から思ったよ。案内板の表示はこの上なくしっかり見ておくべきだと。 山中の案内板…完
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