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「なんか、住みやすそうなとこだね」。早口に言うけれど、目を合わせてくれないから、ちょっと緊張しているのだとわかった。
「あ、うん。程よく便利にまとまっているし、ちょっと行くと自然もあるし、暮らしやすいよ」。
その言葉に、可夜子が顔をあげる。
目線が合う。
パチッ、スイッチが入ったような感じがする。止まっていた何かを動かすような。
最後に会ったときのことは、忘れているのにそれまでの時間といきなり繋がる。
ちょっとだけへの字になる口元。
それは会うごとに、最初の数分だけ見せる顔だ。人見知りな猫のような、警戒するような。
「元気そう」。
次の瞬間、ふっと口元を緩めて笑う。
まなざしが柔らかくなって、鼻先に小さな皺が寄る。
あ、可夜子だ。
その表情を見て、ようやく現実に見えてきた。
本物で、この街にきて、呼吸してる。
「どうする? まず昼メシでも食う?」。
まずい、ついつい声が弾んでしまう。
「うん、お腹減らしてきた」。
うれしそうに笑う。
「ありきたりだけど、牛タンでいい?」。
「もちろん、楽しみにしてるもん。あと、ずんだ。ずんだ、食べるんだ」。
可夜子の声だな、と思う。
昔みたいに、当たり前のように左側に立って、見上げてくる。
「牛タンもいくつか有名な店があって、個人的に気に入っているのは…」
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