君のつむじを見下ろしながら

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「東京も桜の時期はまだ寒いから、おんなじだよ、たぶん」。 そう答えながらも、東京での桜はもう何年も見ていない。 たぶんこの先も見ることはないだろう。 ふたり並んだ目の前に凪いだ海が見える。 青く静かな。 どうしてこんなにもきらめいているのだろう。 桜の花びらは、海を見下ろすと背中越しに吹き寄せて、ひらひらと高台から舞い降りていく。 「ねぇ、結婚してよかった?」。 質問は突然だった。 「夫婦になってよかったって思う?」。 咄嗟に息がつまる。 なんだ、なぜ、そんなことを聞くんだ。 今になって。 戻りようもなくなってから。 色んなことを不意に思い出す。 満たされた、と思った夜も、くだらない諍いも、足元から冷えるような床の寒さも、指先から伝わるコーヒーカップの温かさも。 寝ているときの背中の丸さ、朝の歯磨きの寝ぼけまなこ。いらつくうがいの音、クセのある足音。 ベッドの端っこにいるのに伝わってくる、柔らかな気配。 体温。自分の体と違うあたたかな温度。 「…思ってるよ」。 「ふうん」。 口を尖らせて、可夜子は、つまらなさそうにも、ちょっとうれしそうにも見えた。 「何なの、それってさ」。 ぶっきらぼうに言う。 きれいだな。     
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