第1章

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 昔、警備員の仕事をしていた。  警備は一も二も巡回であり、その他に鍵の管理やら色々あるが、ともかく巡回、巡回であって、百貨店の閉店時にはとくに念入りに巡回をさせられるのだが、何故か俺が働いてたとこは、二階の男子トイレだけは、その時間は見なくていいと言われた。 「見なくていいんすか?」「……色々あってな」  警備室のリーダーに聞いても、はっきりした答えは返ってこない。  ま、別に仕事が増えるのではなく、その逆なので、それに逆らう必要はあるまい。しかし、そう呑気な考えだからか、俺は仕事に慣れ始めると、巡回するなというのを忘れ、閉店時に二階の男子トイレをのぞいてしまったのだ。  明かりを点けると、スーツ姿の中年男性が個室の前にいた。 「あれ、お客さん。あれー、もう閉まっちゃってますよ。えーと、お会計はないですかね。ちょっと、待ってください。出口開けますか」「あれ、何でしょうかね」  その男はか細い声で、個室を指さした。  ん、何だ何だ。俺は首をかしげるが、個室は勝手に開かれる。  そこには、中年男性が個室ドアの鍵に革ベルトを巻いて――首を絞めた死体が転がっていた。  ドアが開くと死体も引きずられる。舌を出して真っ青な顔――それは、俺の隣りにいるはずの中年男性であり。 「――あれー、これ、わたしなのかなああああああああ」  俺は我も忘れてトイレから抜け出し、無線を使うのも頭になくて、警備室に逃げ込む。もう一人の同僚に事情を話すと、「あー、見ちゃったか」と嘆いた。 「あそこで、一回これがあったんだよ」と、同僚は首つりのジェスチャーする。「何でもリストラとかでな。うちでやんなくてもいい思うがさ……で、出るんだよ。誰かを驚かすじゃなくて、自分が死んでるのも分かってないみたいなんだ」  警備の本社、百貨店のお偉い方に除霊の話も出したらしいが、信じてもらえず、未だにあの幽霊はあそこにいるらしい。こちらとしては非常に怖い案件だが、別に見た者が呪われたという話も聞かないので、このまま放置してるんだとか。  ……自分が死んだのも分からないまま、己の死体を見て「あれ、何でしょうね」と不思議がる。それを、何年も繰り返してるらしい。ずっと。  それは、ある意味ではどんな地獄よりも壮絶である。俺は今はその仕事を辞めたが、あの男はやめられないまま……ずっと、いるのだろうな。 (了)
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