プロローグ

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「一五〇です」 代理母斡旋会社の採用決定後、給与説明の話になって私は耳を疑った。 一五〇万。私の価値が。そもそも妊娠後絶対安静と社内規定で決められ働けない中、そんな年収では暮らしていけない。 「失礼ですけど、ちょっと低くないですか。一般事務職の年収だって最低二〇〇くらいありますよ。私の健診結果見せましたよね?両親の病歴まで」 眼鏡をかけた細い四十代くらいの女は、全く視線を合わせる事なく手元の書類を見たまま淡々と語った。 「拝見しました。目立った病歴のない健康なご家族です。ご本人は今時珍しくアレルギーもありませんね。二十二歳で、それにお綺麗です。年齢と容姿でかなり加点はされています。ただ初産にはリスクが伴います」 そう言って女は通知表のような紙をこちらに見せた。病歴やBMIに体脂肪など、細かい文字でびっちり書かれた項目に年齢:プラス十、容姿:プラス十、出産経験:マイナス五十とある。 経験がないだけで恵まれた他の要素を失ってしまう。冗談じゃない。紙の端っこを握り締め思わず声を荒げた。 「若ければ出産経験がないのは当然じゃないですか?__逆に言えば、分娩がスムーズに行ったら評価も上がる余地があるって事ですよね」 女はそこで初めて顔を上げ、こちらを見た。 「全ては結果次第ですが__考えておきましょう」 発せられた肯定的な言葉とは裏腹に、女の涙袋がひくりとゆがんで瞳が細くなった。 お前の希望通りそんなに都合よく事が進むわけがないと言われた気がしたが、私には分かっていた。 私だからこそ上手く進むだろうと。
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