第1章

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 やはり、グーを乗せるとき、ミウは猫パンチをしてきた。それから再び、前足を舐め始める。今度は前足に続いて胸の毛を、頭を大きく上下させて神経質に舐め始める。 「合ってれば、黄色、合ってなければ黒や。」  僕はすばやく同じ動作を繰り返す。 「そしたら、ええか。いくでー。」  突然、ミウは、体を起こすと、ニャーと一度大きく鳴いて、そこから一気にドアのところまでジャンプし、部屋を出ていった。  ……それで、終わりだった。  戻って来いと命令できない以上、これで一旦実験は終わりなのだった。無視された形になった。なんか馬鹿げたことをしたような気持ちが襲ってくるのを振り払って、僕は、カードを引き出しにしまった。他人(ひと)には見せられないな、と苦笑しながら独りごちる。  しかし、これで終わりではない。始まったばかりだと思い直した。    発端はこうだ。  ミウには、初めから奇妙な癖があった。  食べているところ、水を飲んでいるところ、トイレをしているところを見られるのを極度に嫌がったのだ。  ミウはすぐに、ボウルに入れた水を飲まなくなった。どうするのかいえば、洗面台に飛び乗って、蛇口から漏れる水滴を舐め取るのだ。そして、飲んでいるところを僕たちに見られるのを極端に嫌った。洗面台は、トイレや風呂と同じフロアーにあるから僕たちも出入りする。  たまたま、彼女が水を飲んでいるところに行きあうと、最初のうちは水を飲むのをやめて逃げるように走り去った。これは、トイレも同じだ。砂を入れたトレイは、風呂の前、洗面台と反対の角に置かれているが、これも、用を足そうと砂をかいている途中で通りかかると、すぐやめて走り去る。  徹底していた。  やがて、逃げる代わりに僕たちに向かって、ニャッと強く鳴くようになった。それは、明らかにこっちへ来るな!と命令しているように聞こえた。そんなときはミウの気持ちを尊重して、しばらくトイレを我慢しなければならない。風呂に入るとき、顔を洗うとき、とりわけトイレに行くとき、僕たちはミウがいないことを確かめなければならなくなった。  食べているところを見られるのも嫌がった。人が見ていると絶対に食べない。
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