第1章

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 僕が仕事を辞めていなかったら、こんなことを思いつく暇もなかったろう。僕が、4年前に癌になっていなかったら。そして、ミウが10歳を越えていなかったら。つまり、二人(?)が死を意識するような年齢になっていなかったら、多分死後の世界、つまり、生まれ変わりの話など、僕は何の興味もなかったに違いない……。  それでも、これらは理由としては弱すぎる。第一、よく考えてみると、言葉が理解できるらしいということやトイレを見られるのを嫌がるということと、人間の生まれ変わりということとの間には、深いクレパスほどの断層がある。話が飛躍しすぎているのだ。  なのに、僕は、突然、誰かに命令されるように、いや、何者かに急かされるように、そのことを実際に確かめてみようという気になったのだ。そして、それを始めた。  強い衝動が僕の中に起こった。それがなぜか、分からない……。  ミウのすげない反応を見て、もうひと工夫しなくては、と改めて思わないではなかった。  ベルとブザーや豆電球を組み合わせるという高度な仕組みは無理にしても、たとえば、円を、爪の引っ掛かりのいいスポンジ系に替えるとか、あるいは感触のいい毛皮のようなものにするとか。更に、興味を持つようにカードに、またたびを塗るとか。  しかし、やはり引っかかる根本的なことは、この実験には報酬がないということだった。そもそも報酬がなくて動物を積極的に実験に参加させることが出来るものなのだろうか?  ふつうはノーだろう。  ある場合を除いては……。  そのある場合とは、報酬が物でない場合。つまり彼女が実験結果を報酬と考える場合だ。僕が聞きたいと思っているように、彼女も何かをどうしても聞いてもらいたい……。  ミウがそう思っていたら……。  はたしてそんなことがあるのだろうか。それは分からない。  いろいろ考えたが、結局何も変更しないことにした。何か本筋でないところで変更を加えて、ミウにこの道具自体に拒絶反応を起こされてしまうとも元も子もなくなってしまうと思ったからだった。病院へ行くときのかごのように、これを見て逃げられるようだと実験はそこで失敗が確定する。
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