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「時雨くん」 「なに」 かすれた声が喉から息のように漏れる。 「どうかしたの」 「え、何が」 「今日は少し暗いね」 「……そうかな。ごめん、ヤリづらかった?」 谷岡が横に首を振った。 「何かあったの?」 「何も」 何も無いから、きっと落ち込みそうになっている。 携帯にいくつか入っている番号に、俺から連絡を入れた事は無い。 登録された名前も、本当の名前なのかどうか。 身体を重ねた時に呼んでいる名前は、誰の名前なのだろう。 「時雨くん、オレ、昇格したんだよ」 「……は?」 脈絡の無い話題に一瞬呆けた顔をしてしまった。 にこにこ笑った彼は俺の頬に口付けると、「お祝いしてよ」と言った。 「おいわい……」 「そう、デートでもしようよ」 「俺、男だけど」 「ははは、セックスしてる人に何言ってんの」 そらそうだ。 それは、解っているんだけど。 でもそうじゃなくて。 「なんで俺なの。彼女とか、いないの」 「彼女いたら君と寝ないよ。そもそもオレ、女ダメなんだけど。……あー、時雨くんはそうじゃなかった感じ?」 谷岡は頭をがりがりと掻いて、溜め息をついた。 「そろそろいいかと思ったんだけど、そういう問題じゃなかったかな」 苦笑いされて、勢いよく彼の腕を掴んだ。     
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