【3】九十九の願い事

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「太郎君、パパが迎えに来てくれるからね。心配いらないよ」  朝のおやつの時間が終わり、外遊びをしている子供たちのなかに、顔を真っ赤にしている男の子がひとりいた。佐加江が就職した年に入園し、ついこのあいだ、三歳の誕生日会をした太郎だ。元気に遊んではいたが、額に手を当てると驚くほど熱い。職員室へ慌てて連れて行き、体温を測ると四十度に届きそうな熱だった。緊急連絡先である父親の携帯に連絡を入れると、すぐ迎えに来ると言う。 「最近、涼しいから風邪ひいちゃったかな」  他の先生たちが出払った職員室で、佐加江はぐずっている太郎を抱っこしながら父親の迎えを待っていた。まだミルクの匂いがする柔らかな身体。背中をトン、トンと優しく打てば、うつらうつらと瞼が重くなっている。 「パパに早く抱っこしてもらいたいね」  返事はなく、代わりに佐加江の水色のエプロンを握る小さな手。佐加江もとても不安で朝、会ったばかりの父親が職員室前の園庭を横切る姿を見て、ホッと胸を撫でおろした。 「太郎君パパ」  佐加江は声を出さずに職員室の窓を開け、大きく手を振った。あまりこの辺りでは見かけない派手なスタイル。アロハシャツをワイドパンツにタックインし、まん丸なサングラスをかけた服装は今朝と変わりなく、見間違えるはずがなかった。佐加江は太郎を抱っこしたまま準備してておいた荷物を持ち、昇降口へと急いだ。 「佐加江先生、連絡ありがとうございます。太郎、迎えに来たよ」  太郎は、パパの腕の中でもぐっすりと眠ったまま。ずっと抱っこしていた佐加江は、ふっと身体が軽くなりよろけた。 「熱が高いので、様子を見てあげてください。そろそろインフルエンザも流行りだす頃なので」  寝ぼけているのか、太郎が目を閉じたまま嬉しそうに笑っている。そんな姿にホッとした佐加江は靴を履き替え、一緒に外へ出た。 「荷物、車までお持ちしますね」 「ありがとうございます」  年季の入ったワーゲンバスの後部座席に太郎を乗せ、パパは佐加江から荷物を受け取った。 「今年も佐加江先生が担任で良かったです。うち、女手がないもので女性に抱っこされると、すぐニヤけるので困ってるんです」 「太郎君がですか?」  強く吹いたつむじ風が園庭の砂を巻き上げ、目を固く閉じた佐加江は捲れるエプロンを抑えていた。 「先生」 「はい」 「困った事があれば、何でも言ってくださいね」 「え?」  目を開けると運転席に乗り込んだ太郎君パパがニコリと笑い、車のエンジンをかけ帰って行った。 「困る事って言ったら、発情期になる事くらいかな」  発情時、アルファにうなじを噛まれたオメガは、その相手と:番(つがい)になると聞いている。 「ロマンチックなんだけどな」  初めてオメガだと知った時は、ショックだった。今ももちろん不安だが、それを受け入るだけの時間は十分にあった。保育士になったのだって、子供が好きだから。やはり頭の中も、子供を産むようにできているのかもしれない。  ただ問題は、その過程だった。  佐加江には、想像できない。専門学校時代、女性と付き合った経験もある。 (嫌なこと、思い出した……。この不能野郎め)  流れで初めてのセックスに直面した佐加江だが、緊張し過ぎて穴がどこだか分からなかった上に勃起せず、その子とも自然消滅してしまった。 「鬼様は、僕のこと忘れちゃったかな」  トクンとうなじが熱くなる。  幼い頃、鬼治へ来るといつも遊んでくれた青藍のことを思い浮かべると、佐加江のそこが熱く脈打つのだ。
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